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社員インタビュー 大高信太郎:Global Marketing事業部 部長

大高 信太郎 プロフィール

秋田県出身で外務省勤務からスタートしたが、その後電通、博報堂のメディア広告畑を歩む。予てからの海外への夢に向き合うため2010年から上海を行き来する生活に。2012年から上海現地の広告代理店に就職し、マネージャーから総経理に。新しい海外事業への挑戦をしようと2020年にTTUのGlobal Marketing事業部部長として参画。

最近ハマっていること

昨年から肉体改造のためにパーソナルトレーナーをつけて筋トレに力を注いでいます。(昔は細かったので、久しぶりに会う知人からは驚かれるほど変わりました!笑)

●何をしている時が幸せ?

旅行ですね。知らない土地に行って、見たことないこと、知らない人や文化に触れるのが面白くて好きです!

 
 
 

海外への憧れから外務省勤務へ

秋田県の兼業農家で育ち、小さな頃から畑の手伝いを日常的にやっていました。収穫の最中に見上げた空には、飛行機が悠々自適に飛んでいて、それと地上で泥だらけになりながら作業をしている小さな自分との対比があまりに激しかったのを覚えています。そこから世界を股にかけるグローバルな仕事への憧れが芽生えました。田舎のごく一般的な学生でしたが、小学校の七夕の短冊に「総理大臣になりたい!」と書いてしまうくらい、向上心は高い方だったと思います。

高校卒業後、秋田には自分が希望するような海外に関するような仕事はなく、でもこのまま東京に行っても自分がそんな仕事に就けるかわからない・・。それでも諦めたくなかった私が思いついたのは「国家公務員になって外務省に入ること」でした。公務員試験の専門学校に2年通って試験に受かり、念願叶って霞が関の外務省に入省しました。

ただ、入ってみて実感したことですが、国家公務員というのはどんなに優秀でもそうでなくても、賃金テーブルが一律で決まっていて、何年後にはこうなる、という自分の将来が見えすぎてしまっていました。私は正直その未来では満足できなさそうだったので、方向転換するのであれば早めが良いと思い2年で転職を決意しました。

電通・博報堂の王道広告マン時代

この時の転職の軸はとにかく広告マンになることでした。理由は幼少期に関係があるのですが、秋田では地方ローカル局に民放各社の番組が何日かズレて編成され放映されていることが多く、リアルタイムの番組が見れるのは当時2局しかなかったんです。そんな私にとってCMとは「全国共通で正しい情報がリアルタイムに流れるもの」として価値があったのです。そんなことを思い出して、テレビやCMに携わりたいと思っていたので、電通に受かった時は喜びましたね。

ご存知の通り、電通の営業職は超体育会系で、若かった自分は一番早くに出社して、飲みに行っても先輩方の気を遣う生活でした。でも私にとってはこれもステップ・通過点だと思っており、何でもやってやろう!と前向きにとらえていました。2年後に博報堂からオファーがあり、担当するクライアントが自分が得意だった車関係だったことと、今よりもっと責任を持って仕事ができそうだったことから博報堂に移りました。

博報堂では引き続きマスメディア担当をしてから、野外広告の展示会や試乗会などのオフラインのイベント等の仕事も携わり、メディアリーダーとして、遣り甲斐ある仕事ができました。自分が分析して戦略を立てた広告枠で、自分が撮影の立ち合いをしたCMが放映されているのを見た時は嬉しかったのを覚えています。ここでもひたすら忙しい日々を送っていましたが、30歳を過ぎ、広告という武器を持ったので次はそれを生かして「海外を股にかける仕事」という夢と向き合いたい!と思い立ち2009年に退職して上海と行き来をする生活を始めます。

中国の広告代理店で総経理まで上り詰める

これが人生で一番の挑戦であり、自分に自信を持てた8年間でした。

2010年には上海万博が開催されたこともあり、上海はとにかく活気があって、いるだけで元気になれると感じ上海に腰を据えてみようと思いました。知り合いを通して紹介してもらった元電通の上海人が代表をしている、上海の現地法人の広告代理店に入社しました。日系企業相手の広告営業マネージャーとして入社し、今までの経験を生かしながら、中国人スタッフを巻き込んで結果を出していくという、難しくもエキサイティングな経験をさせてもらいました。トヨタさんで大規模なクラブイベントをしたことや、2018年にコーセーさんの中国全土に渡るEXPO開催など数十億円規模の仕事を成功させたことは、影響力も大きく満足感、達成感がありましたね。役職も営業部長、最後は総経理(実質No.1)になり、給与も大幅に上がり上海ドリームを掴んだようにも思い、次の夢を模索し始めます。

TTUに入ったワケ

8年の経験から北京語はできるようになっていたのでそれを生かしつつも、中国以外の国に挑戦したい気持ちが大きく、海外現地企業を見ていました。同時に8年も中国にいたので、日本に一度少し帰って、日本の最近の状況もキャッチアップできたら、と思って日系企業で海外拠点があるような企業も見ていました。その中でTTUの「2025年までに25拠点を作る」という目標に目が留まりましたね。ここまで海外志向な目標を全面に掲げている会社は日系も外資も企業規模問わずあまりなくて、貴重な存在だと思いました。その中で0から1を作るポジションに入れるところ、従業員も外国籍が多くて日本にいながら海外感を味わえるところなどに魅力を感じジョインを決めました。

入社後のTTUの印象は・・

日本の大企業的な居心地の悪い上下関係はないですね。お互い尊重し合い、社会人としてのルールの範囲内できちんと言いたいことが言える雰囲気があります。

自分の業務としては同じ中国関連の事業でも越境ECは奥が深く、色々なステークホルダーが絡む複雑な事業なので自分も新たな気持ちで日々勉強をしています。変化も競争も激しい業界なので、常に最新情報を取りに行く必要があり、それを楽しんでやれています。スタッフの皆さんは総じて賢くてレベルが高く、いつも期待以上のものを持ってきてくれるので頼りにしています。

TTUは「自分のやりたいことをビジネスにできる会社」

TTUは自分のやりたいことや、ビジョンを持っている人にとっては素晴らしい環境だと思います。こんな仕事をしたい!海外で働きたい!などの人生目標がある人には、そのための資金や人脈や環境を会社の資源を使って具体化しようとする会社の姿勢がありますし、実際にそのように動いている社員がいます。

自分が代表の春名さんに東南アジアのこの国に進出したい!という話をしても、是非やりましょう!という返答でした。もちろんそれには売上へのコミットなど義務が付きまといますが、それでもこういう会社は少ないのではないでしょうか。

事業内容も、「現在の越境ECにこだわる必要はない、型にはまらなくていい、面白いビジネスがあればそれを発展させていきましょう」という考え方なのでチャレンジしやすいはずです。副業ではなく正当なビジネスとしてバックアップしてもらいながら自分の好きなことを仕事にできるので、私もどんどんそれに向けて取り込んでいきたいと思います。勿論まずは2025年25拠点という目標に向けてアクセルを踏んでいきます。

会社員としてやるべきことを全うしながら、海外に係る「好きを仕事に」していきたい方は、是非TTUという環境でお待ちしています!